『自由 民主 信仰』の建築の提案 《前編》【コルビュジエ パルテノン 正教会】
時代が大きく変わっている今、
建築のあり方を考えることが必要だ。
10年後を読み、
50年後を語ろうではないか。
ビスマルクは「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ。」という名言を遺しているように、未来を考える際に忘れてはならないのは、過去から学ぶ姿勢だ。時代が大きく変わったとき、偉大な建築家は何を考え、どんな建築をつくったのだろうか。
今回は、石造りの建築しかなかった時代に「コンクリートと鉄とガラス」の建築を形作ったル・コルビュジエ (Le Corbusier) に焦点を当てて考えてみたい。コルビュジエは1887年にスイスで生まれ、主にフランスで活躍した。アメリカのフランク・ロイド・ライト、ドイツのミース・ファン・デル・ローエと並び「近代建築の三大巨匠」と呼ばれている。
1923年に発刊された、若きコルビュジエの人生計画そのものである「建築へ《VERS UNE ARCHITECTURE Le Corbusier-Saugnier》」から読み解いていこう。
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一部抜粋する。
技術者の美学、建築。二つの依存し合い、関連し合うもの。一方は満開の発展にあり、他方は惨めな後退にある。
技術者は、経済の法則に活力を受け、計算に導かれて、われわれを、宇宙の法則に一致させる。
ここでいうところの技術者の美学というのは、当時の先端技術に基づいて作られた車や造船、工場などの美学である。産業革命によって、この時代の工業技術は劇的に発展したのだが、経済性から生み出される形状は極めて秩序立っていた。それに比べて建築はというと、古代や中世からの石造りのまま、むしろ古代ローマやルネサンスの頃の秩序立ったプロポーションの美しさからはどんどんかけ離れていた。新しい技術を導入し、再び秩序立ったプロポーションを求めようとコルビュジエは熱弁する。
建築家は、形の秩序立てによって精神の純粋な創造である秩序を実現する。建築家は、形によってわれわれの感覚に強く働きかけて造形的感動を引き起こし、自ら創り出す関係によって、われわれのうちに深い反響を呼び起こして、われわれに世界の韻律との一致を感じさせる秩序の韻律を与える。われわれはそれを美と感じる。
ここでいう建築家とは新時代の建築家である。秩序立った形をもった新時代の建築は、高い精神性を持ち、そして世界との調和を生むとコルビュジエは訴える。さらに、当時の工業製品や工場の幾何学や秩序というものは、ギリシャのパルテノン神殿に匹敵すると主張した。パルテノン神殿はコルビュジエにとって永遠の憧れであった。
コルビュジエは「建築へ」において「建築は優れた芸術であり、比例の取れた関係によってプラトン的偉大さ、数的秩序、調和の思考と知覚に達すると述べた。精神的なるものは美しく、美しいものは幾何学的精神の表れと訴えた。
そんなコルビュジエだが、決して型にハマった形態に固執していたわけではない。「建築へ」を出版した後、創作の幅を広げていく。フランスのフランシュ・コンテ地方にある、カトリック・ドミニコ会のロンシャンの教会に注目してほしい。
なぜこのような造形をコルビュジエは生むことができたのか。彼が見たものから考察していきたい。コルビュジエがロンシャンの教会設計の際に影響を与えたことで有名なル・トロネ修道院で有名なシトー会を中心に、西欧の修道院建築を見ていこう。
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修道院建築の歴史を振り返ると、修道会が厳格であればあるほど、その修道会の特徴が建築に表れ、後世まで遺っていくことがわかる。特にロマネスク時代のシトー会は厳格であったが故にストイックな建築空間が後世まで遺った。年代順にまとめると以下のようになる。
東方正教会:【ギリシャ的個人主義・参集離散・大規模な修道院複合体】
バシレイオス(巡礼空間重視・隠遁禁欲しつつも公的奉仕)
アウグスティヌス(西方最古の戒律)
ベネディクト(禁欲・非単独)
クリュニュー(世俗的・権威・ロマネスク)
シトー(清貧・戒律・田舎・ロマネスク)
カルトゥジオ(隠遁と共同生活の融合・単独有・伝道や説法しない)
フランシスコ(無所有・清貧・フランス的な明快な精神・都市部)
ドミニコ(学門と伝道・スペイン的真摯と熱烈な信仰・都市部)
まず、コルビュジエが影響を受けたシトー会に着目する。12世紀、世俗的になっていたクリュニュー会とは正反対の方針をシトー会は示し、いかにして修道士は世俗を捨て霊的に生きるか、清貧思想に生きられるか、厳しい同一規則のもとの集団行動を求めた。コルビュジエがシトー会のル・トロネ修道院から学んだとされる、世俗を切り捨てた清貧、厳しさの流れは、後にフランシスコ ( フランチェスコ ) が愛と霊性を強め、ルネサンスへと繋がっていく。塩野七生さんが「ルネサンス人」の最初にフランチェスコをあげ、「清貧や厳しさがあったからこそルネサンスで精神の自由が爆発し、美が開花した」と述べたことは注目に値する。ル・トロネ修道院の造形だけでは、後期コルビュジエの自由な作風の説明がつかないが「精神の自由を生むための清貧や厳しさ」をル・トロネから影響を受けたと考えられるだろう。
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そんなシトー会に代表される西方教会だが、後にもたらした政治的影響を見なければならない。清貧思想と集団意識はルネサンス時代の霊性の高いを美の源でもあるのだが、豊かさの否定や没個性化をもたらしたことは、後の全体主義の起源にもなっていると言わざるをえない。自立した個人が消えた全体主義は、人権が守られず、暴力や殺人、粛清を生むとハンナ・アーレントは述べている。
ハンナ・アーレント『全体主義の起原』 2017年9月 (100分 de 名著)
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ここで、今まで触れていなかった東方正教会について見ていこう。東方正教会は修道士が世俗の中で世俗のために活動するよう要求した「公的奉仕」と、あくまで聖者個人の禁欲修道が中心であり、修道士の共同生活は強制されないという「自己修行」が重視された。東方正教会には独立自尊と奉仕の心が求めらたのだ。
この精神は西方教会では失われてしまったのだが、コルビュジエが当初から絶賛していたパルテノン、そしてギリシャ哲学から流れているものである。コルビュジエは廃墟となったギリシャのパルテノンから精神性や秩序そして幾何学を学んだが、このギリシャ精神はローマに伝わり、コンスタンティノープル、そしてロシアに今も息づいている。
【まとめ】
コルビュジエは、技術革新の波に乗りながらも、ギリシャのパルテノンから精神性や秩序そして幾何学を学んだ。また、シトー会からは俗世を離れた清貧と厳しさを学び、精神の自由を爆発させロンシャンの教会をつくることができた。そして、ギリシャの独立自尊と奉仕の精神は東方正教会に今も息づくものであり、ここに未来のあるべき建築を考えるヒントがあるのではないかという問いかけで、前編を終わりにしたい。
後編につづく 《写真は全て筆者撮影》